来訪者に気づく運営者ガゼボの図

 このページをご覧頂き、ありがとうございます。

 当サイト采古炉さいころは、運営者「がぜぼ」が個人で運営する、古典をテーマとしたサイトです。

サイトの趣旨

 当サイトのテーマは古典ですが、正確に言うならば、

「古典を素材にして考えてみた」その過程を書き起こしてみました

というサイトです。

 自分自身が考えたことの記録のため、

  • そこまでしか知らない
  • 間違って認識している
  • 多角的な視点で捉えられていない

といった、さまざまな問題を抱えているものですが、それがその時点での自分の考え方です。

 とはいえ、公の場に公開させて頂いているものですので、自身の思考の論理としての整合性や、その時点で持ち得ている情報の正確性には、十分に注意を払っています。また、適宜振り返って、より見やすく、まとまりのあるものにしています。

 しかし、素材とする古典そのものは思考のための媒体で、目的は思考することにあります。そのため、基本的に古典そのものの情報収集には向かない、非常に冗長な文章ばかりのサイトになります。

 それでも、それをあえて公開する目的は、古典や歴史を、

「それをよく知っている人しか読んじゃいけないもの、語っちゃいけないもの」から解放したい

からです。自分の好きに読む、という一例として公開しています。

 素材とした古典の、具体的な内容も載せないことには文章として成立しないので、翻訳文や、その背景にある物事のまとめなどを記載しております。ですが、それ自体のご紹介や要点整理を目的とするサイトではございません。大変恐縮ではございますが、古典についての、簡潔で正確な情報をお求めでご来訪頂いた場合、ご期待に沿うものにはなっておりません。

 ご来訪頂きました皆様には、このようなサイトの趣旨をご理解頂きますようお願い申し上げます。

今後の更新予定

 2026年4月から『三国志演義』の記事を書き始めました。中国の羅漢中の小説『三国志演義』を、江戸時代に湖南文山こなんぶんざんが翻訳した『通俗三国志』のダイジェスト版が、明治時代に刊行されています。それを翻訳し、また歴史書『三国志』と比較する中での、自分の思考の過程を記録していく試みです。当面は、この91回分を書き上げる予定です。

 『三国志演義』自体は、教科書に載るような純粋な漢文では書かれていません。しかし、ここで底本とする『通俗三国志』は、古文で書かれていますし、演義との相違を参照する歴史書の『三国志』は、漢文で書かれています。それであれば、古典をテーマとするサイトの趣旨からは外れないと思い、ここで書くことにしました。

運営者(がぜぼ)について

 約二十五年間の塾講師・家庭教師としての経験を活かしたいと思い、このサイトを立ち上げてから四年が経ちました。

 立ち上げたときには、その時点での思いがありました。しかし、その後環境が変わり、どのような記事を書いたらよいかわからず、サイトの更新ができない日々が続いてしまいました。

 せっかくサイトを立ち上げたのに、四年でたった四記事しか書けず、それでもそれなりに苦労して書いたものだから、とそのままにしてきました。しかし、さすがに今年のドメイン更新のときに、このまま何もしていないものにお金をかけていてもなあと思い、少なくとも今年、やめるか続けるかを決めることにしました。

 四年前には、まだ自分が塾業界に身を置いていたときの考え方が強く残っていて、そこからどうにかこうにか生み出したのが、以前に書いた四つの記事です。

 しかし、塾業界から離れた期間が長くなるにつれて、もう以前のような記事が書けなくなったのは当然でした。

人間は、自分に関わりの無いものに反応することは無いのです。

ただの読者として読む古典

 そこで、ここまでに書いたものは書いたものとして、せっかく書ける場所を持っているのだから、自分が好きなことを書くことにしました。無味乾燥な日々を送っていて、自分が好きなこと、なんていうのは久しく忘れてしまっていましたが、私が好きなものと言えるのは「三国志だな」と思い出しました。

 そして、また書き始めてみて、四年前の自分にも、今の自分にも、共通した思いがあったことに気がつきました。

私は、ただ古典を読みたいのです。

 読んだあとに、誰かが作った問題に答えるために読むのではなく、ただ自分が読んで、「なるほど!」とか「どういうこと???」とか「それはどうなんだっ!!!」とか思うために読みたいのです。

 もちろん、古典は現代を生きる私が、そのままの状態で読めるような代物ではありません。今の私が、ただ読むことができるのは、それを時代時代の読者が読める状態に製本、翻訳し、その意味するところを学術的に研究した、数知れない先人たちの労苦があるからです。

 そして、その成果によって、古典そのものを研究している人以外にも間口を広げながら、古典はただ読むものとしても残り続け、読む人がいるからまたさらに研究されるという具合で、現在、古典として生き残るまでになったのだと思います。

誰も関心を持たないものは、滅びます。

 実際に、多くのいにしえの書物が現存しないことを考えると、その中で生き残って、古典たりうることができた作品は、これまでにそれを手にしてきた人々の、想いの結晶とも言えます。

自分が抱える潜在意識を、発見する場としての古典

 再び書き始めてみて、気がついたことがもう一つあります。

 二十五年も塾業界にいた中で身についた習慣は侮れず、私は、

問いとは、必ず答えを出さなくてはならないもの

という考え方に、未だ強固に縛られていると自覚しました。

 ただ読むということは、その中で自分で問いを見つけることでもあります。集約すれば、「なぜ自分はこれを読んでこう思っているのか」という問いです。

 「ここの部分がわからない。これは一体何を意味するんだろう」という類いの問いであれば、単純に調べればわかるときもあります。ですが、そう一筋縄ではいかないことが多いものです。

 まず、自分の事実認識が不足していて、問いそのものが的外れになってしまっている場合があり、これは、そこを修正する情報や視点を自分が得ない限り、解決できません。また、まだ専門の方々の間でもわからないことであったり、あるいは、そもそも一つの答えを出せるようなものではなかったりする場合もあります。さらには、その問いがどの種類のものに当たるのかもわからない状態だったりします。

 単純に内容をわかろうとするだけでもこの通りなわけですが、それ以上に厄介なのは、自分自身に起因するものです。なぜそれを読んで好ましく思うのか、あるいは腹立たしく思うのか、という問いになると、そう簡単に答えが見つかるものではありません。

 それでも、答えを出さなければいけない、人為的に作った、必ず答えのある問いしかない環境に長くいたことで、それが当たり前のようになってしまっていました。それに縛られていると、答えを出せない自分を、自分自身が無意識にいつも責めているような状態になるのです。

 このことも、自分が記事を書けなくなってしまった、大きな原因だと思います。「自分なりの答えを見つける」というところまではよかったのですが、その答えが「必ず見つからなければならない」と思い込んでしまっていたのです。

 すでに、単純に答えが出るような問いに対しては、AIが簡潔で正確な答えを、すぐに出してくれるような時代です。

皆目わけのわからないものを読もうとする中で、読んだ人が自分なりの問いを見つけて答えを出そうと考える、その材料として古典が活かせる。

 答えではなく、答えを出そうとする過程で見つかる一つ一つの考えこそ、その人自身を救ったり支えたりする装備品とも言うべき財産で、その考えが発現するための場として活用されていくことで、古典もさらに生き残っていくと私は思います。

 よくわからないものをわかろうとすることはとても難しいことで、往々にして人間関係のトラブルはお互いのことがよくわからないことが原因で起こります。そうした困難に遭遇する前に、何らかのメンタルの備えがあるだけで、格段に心の負担は軽くなります。

 「こんな大昔の人間が考えることなんてわかるかっ!!!」という絶望的な気持ちに包まれるほど、わけのわからない古典。でも、それに対して「怒っている」ということは、何かそこには自分とのつながりがあるのです。

人間が反応を示すのは、自分と関わりのあるものに対してです。

 古典なんて、全く今日を自分が生きるのに直接関係しないものにまで、人間は心を動かされることがある。その心の動きが、ポジティブなものなら幸いですが、ネガティブなものであれば身が持ちません。

 そこで「なぜ自分は怒っているのか」という具合に、一呼吸置くことが有効です。そして、そのなぜに対して、自分なりに納得のいく答えを導き出そう、と考え始めることができれば、自然と感情も落ち着いていきます。

 それをとっさに人間関係の中でやるのは難しいですから、サンドバッグとして、古典ほど適した材料はないと思います。

 「なぜ自分はこのサイトで文章を書くのか」。それに対する、今の自分の考えが、再び書き始めたことではっきりしてきました。好きなこととは言っても、中国の、長編小説の『三国志演義』を材料にというのは、なかなかの難敵を設定してしまいました。しかし、ひとまずそれをやるというゴールが明確なので、あれこれ迷う余地がない分、書くことに集中できます。

 それでも書けなかったら、これを最後の試みとし、潔くサイトを閉鎖すると決めています。果たして結果はいかに !?

 ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

2026年6月8日 サイトについて 更新

2022年6月24日 サイト 開設

采古炉さいころ運営者 がぜぼ